浅草橋の心療内科クリニック。底すぼまりの診察室群に囲まれた待合に空間体験モデルを配し、感覚と行為が立ち上がる場をデザイン。
〈わたし〉再編の場
一般にクリニックには安心感や居心地の良さが求められるが、本計画が目指したのは、身体の可能性を拡張する臨床装置としてのクリニックである。美術家・荒川修作と詩人・マドリン・ギンズ(以下A+G)の思考を接続することで、来院者の感覚や行為を更新する「体験の場」を構想した。
初期検討段階において診察室は、正六角形を山折りにして二つ並べ、その間に生じた底すぼまりの台形空間として構想されていたが、そこに荒川の初期代表作「ボトムレス(底なし)」(1963年)との親和性が発見されるに至る。それは底すぼまりの鉄製ケージを宙吊りにした作品で、人は頭を突っ込み内部を体験できる。本計画では素材やスケールこそ異なれど、そのサブタイトル「共身体/Communal Body」という、身体の外在性を開く概念を臨床空間に重ねている。「わたし」が輪郭を超え、「身体と環境とのあいだに現象する」体験の場をめざしている。
来院者が色彩に満ちた待合に入ると、まず〈天命反転茶室〉と〈天命反転球体〉と呼ばれる二つの空間体験モデルが視界に現れる。最も落ち着く場所を選び、腰を下ろす。周囲を観察したのち感覚を研ぎ澄まし、山吹色の球体や黒いフレームの茶室に身をゆだね、新しい身体の使い方を試みる。色彩に耳を澄まし、肌理の違いを鼻で嗅ぎ分け、音響に眼をこらす。やがて輪郭がほぐれ出すのを感じるだろう。
銀箔色の壁の並びには球体や茶室が映り込み、近づくともうひとりの「わたし」を俯瞰して見ていることに気づく。銀箔の背後には底すぼまりの診察室が4室あり、それらのすき間はカウンセリングにも活かされる。診察室の椅子に身を預けると、すぼまった足元から壁面の全方位に身体が拡張されるのを感じながら、診察が始まる。受診を終えて待合へ戻ると、訪れたばかりの空間にどこか懐かしさを覚えるかもしれない。― 新しい「わたし」がいま、ここに立ち上がる。
プロデュース:青木信生(GOOD CONDITION CLINIC院長)
協力:関西大学荒川+ギンズモックアップ研究会
プロジェクトコーディネーション:本間桃世(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)
特別協力:Reversible Destiny Foundation
クリニック 設計・監理:田村秀規(PODA)
*1994-98年 A+Gニューヨークオフィスに在籍
施工:ORBIS Co.,ltd(担当:日暮大樹)
天命反転球体
関西大学都市設計研究室(木下光・高田勝・石田龍之介)/島津聖(矢野紙器株式会社Able Design 事業部/株式会社プレイフルワークス)、制作協力(許信澤・嶋崎友璃奈・西山美里/関西大学都市設計研究室)
天命反転茶室
設計:小野暁彦(建築家・京都芸術大学環境デザイン学科教授)
施工:HOT METAL SOUP(西川恭史)、西脇畳敷物店(西脇一博)、伊勢建築事務所(伊勢晋祐)